第六十七回 日本とアメリカ。全てが異なる出産事情、初めてだらけの体験……全てまとめてみた。【スパルタな出産後、退院までの流れ】Part1
みなさんこんにちは、Ayaです。
私は大好きなNETFIIXドラマの「ストレンジャー・シングス」が最終回を迎え、悲しみの中ラストまで一気見していました。
このドラマが始まって10年経ったんですね……、そりゃ私も老けるわ……。
ここ数年で1番夢中になったドラマで、時代設定の1980年代のアメリカファッション・音楽も最高にイケてて大好きでした。大好きすぎて全シリーズ通して7周くらいしてます。子育て中の寝不足の中でも、最終シリーズは睡眠を削っても観ていました。
ストレンジャー・シングスのことを語りだすと時間が足りないので、また別の機会に……。
ちなみに、近所のTargetでもストレンジャー・シングスコラボのグッズが多く販売していて購買意欲が掻き立てられました。

それでは、さっそく怒涛の出産を終えた後の流れを振り返り!
産後の流れ、アメリカの産院ではどんな感じなん?
麻酔による痙攣で震えまくる中、あれよあれよという間に出産。我が子を胸の中に抱きながら、不思議な気持ち。カンガルーケアや臍の緒カット、バースプランで希望していた一通りのイベントを終えると、赤ちゃんは一旦拭きあげやビタミンKの注射など、必要な処置を行うので看護師さんに預けます。
ちなみに、新生児のケアで行われるビタミンKの投与は、日本ではシロップによる経口投与が一般的だそうですが、アメリカでは産後すぐ新生児に太ももへの筋肉注射で投与するのが一般的です。
私はお腹の縫合を終え、再び病室に戻りました。手術室から病室に戻る間も、すれ違うスタッフたちが口々に「Congratulations!」と声をかけてくれます。なお、私はまだ麻酔の影響でぼーっとしているので、ベッドの上でロクにリアクション返せずでした(笑)
また、産後は最初に入院した部屋から、Postpartum room(産後用入院部屋)に移動することになります。
産後、短い入院期間
アメリカと日本の出産における1番の違いは、入院期間にあると思います。
アメリカでは、自然分娩の場合48時間での退院(最短1泊2日もあり)。そして、帝王切開の場合は3泊4日での退院が普通。
え?無理じゃね?
個人的に、この入院期間の短さが本当にキツかった……!色んな事情があるのでしょうが、やっぱこの日程は無謀だよね?と産後すぐに思いましたよ。
産んだ直後から退院の心配。カオス。
アメリカでは家で休むのが1番というマインドなのか、ドゥーラ(産後ケアを行ってくれるシッターさんのようなもの)や家族のサポートがあるベースでの設定なのかわかりませんが、外国人として異国で出産した自分にとってはそんなサポートも考えていなかったので、ここにきて本当に不安でいっぱいになっていました。
入院期間が短いので、詰め込みスケジュール!
Postpartum roomに移動してから、部屋担当になる看護師やスタッフが挨拶に来てくれたり、諸々の処置が終わった我が子がおくるみに包まれて戻ってきたりで産後すぐにも関わらずバタバタでした。
そして、お部屋は基本個室のみ。基本的にはパートナーが同室にて宿泊。もちろん我が家も夫が一緒に過ごすつもりで付き添っていましたが、そういった説明を事前に病院から受けたわけではなかったので、探り探りの準備でした。家族同室宿泊の割には半分ソファのような硬いベッドしか用意がなく、そこでの寝泊まりだったので夫は少しかわいそうでしたね……。
夜20時過ぎに出産したのですが、22時頃にはとりあえず家族3人が部屋で集合した状態になっていました。
そしてすぐに始まったのが授乳とおむつ替えの洗礼。
私は絶対安静で動けないので、赤ちゃんが泣くたびに電動ベッドを起き上がらせて授乳。おむつ替えは夫担当でやってもらいました。おむつ替えも人生初めての我々、1回目は看護師にやり方を習い、2回目からは早速自分たちで実践するように。私は1日目は絶対安静だったので、夫がおむつ替えの役を全て担ってくれました。
授乳に関しても、新生児はまだ胃が小さいので一度に飲める量が少ないのと、我が子はお腹が空いて1時間毎に泣いていたので毎時間ヘロヘロになりながら電動ベッドを動かしておっぱいを咥えさせていました。もちろん私もまだうまく母乳が出ないのですが、とにかく咥えさせて刺激を与えて母乳がでるように、という看護師の方の指示でひたすら繰り返していました。痛くても胸が熱を持っても、とにかく与える。これが本当にスパルタで辛かった……。睡眠不足➕麻酔が切れた後の激痛と戦いながらの初心者の授乳、泣きながらやってました。
2日目には朝イチ(これがまさかの朝5時30分)に起こされ母子の健康状態チェック。採血なども行い、さらに通院していた病院のドクターも部屋に問診に来て、傷口の状態確認などがされます。
その後、母乳指導の専門医が来て母乳指導を受けます。
ちなみに母乳は英語でBreastfeedingです。
私の中で勝手にアメリカは粉ミルク推奨かと思っていましたが、意外にもしっかりとマッサージ方法や授乳方法、食生活についてなど細かく指導を受けることができました。この時スプーンの上に絞り出された私のわずかな母乳が子供の口に入るのを見た時は謎の達成感。わたしも母乳出るんだ、という驚きと感動です。まじで痛かったけど。
ちなみに私の産院では、若干母乳信仰強いんじゃないか?!と感じるレベル(単にその専門医の指導の熱がこもってただけだったかもですが)。産後のメンタルで追い込まれそうだったのですが、夫が「気楽に考えろ」とすぐさまフォローしてくれました。
でも、今思うと母乳が安定して出るようになるまでは、ひたすら痛みに耐えるしかないですよね……。本当、産んでからも試練だらけ……。
お昼頃、術後初めて尿カテーテルを抜かれ、自力でトイレへ行くことに。というか、尿カテーテルが入っていたのも直前まで気づいてなかったです。麻酔すご。
そう、この術後初めて立ち上がった瞬間の痛みの衝撃が、人生で1番の痛みでした(私調べ)。
雷が走ったような激痛、立ち上がってしばらくその場で動けず、呻き声をあげておりました。帝王切開の術後がキツイという現実は、これを皮切りにたくさんの痛みが教えてくれるのです……。
悪露も尋常じゃない。これ大丈夫かいな、と心配になるレベルの出血量。数時間毎に看護師が部屋に来てお腹を押して悪露を出す作業も地獄の痛みでした。なんかの罰?と思いながら耐えてました。
基本、なにか痛みを感じて聞いた時も大体「This is normal!」と言われるので途中から諦めてました。ほんまかいな、と。(睡眠不足と痛みのせいで周りが敵に見え始める)
食事も朝昼晩出るのですが、相変わらず濃い。というか、しっかり日常のアメリカ飯。

この時ばっかりはインスタで見てた日本の産院のご飯が羨ましくて泣きました。でもアメリカで産んだ経験のうちの一つだし、と写真は撮る。健気な私。
怒涛の産後レポ、次回に続く
やはり熱がこもってしまい、一回分じゃ書ききれないので次回に続きます。
そろそろ腱鞘炎で手首が限界なんですけど、世のお母さんたちみんな色んな痛みに耐えてるんですよね?みんなで称え合いましょうね??
それでは、また次回のご搭乗をお待ちしております!
Aya



