【そりゃ正直、純潔な女のふりをしたい/雨宮美奈子】 第1回 『経験人数を逆サバ読みする女、狂気の派手髪ピュアガール』

COLUMN

飲み会で盛り上がっている中、「経験人数は?」だなんて聞かれた日には、いったい何人と答えれば良いのだろうか。32歳の私は、いまだにその正解を知らない。

子供も産んだ今、「あ、実は処女です」だなんて寒い冗談を今更かますわけにもいかないけれども、意外にもワンナイトの経験すらないままこの年齢になってしまったもんだから、記憶を辿って人数を正確に数えようとすればするほど「ちょっと、人に言うのが恥ずかしいや」と思ってしまう程度には経験人数が少ないことに気が付く。

ワンナイトの機会はそりゃあるにはあった、若い頃なんて沢山あったよ。
けれどもどうにもこうにも怖くて、自分の中にある学級委員長みたいな存在が「リスク高いからやめときな!」、「妊娠したらどうするの?」、「理性!理性!」と叫んでくれるおかげで、結局その機会を手にすることなく今やそれなりの年齢になってしまったアラサーです。

たまに3桁の人数をさらりと答える人間がいるけれども、ありゃどうすればそんなに稼ぐことができるんだよと驚きさえする。これは決して皮肉ではなく、自分自身のことを性的な魅力に溢れた人間だとは到底思えないために、そんな数を頑張って狙ったとしてもとても追い付かないと思うから。

加えて、最大の理由がある。
10人と1回ずつの経験を重ねるよりも、ひとりの人間と100回を重ねたほうが私にとっては興奮できるもので、同じ人間に何度でも何度でも欲情できる────
なんなら回数を重ねた方が欲情できるという、一夫一妻の時代の現代において非常に都合のいい性癖を私は抱えちゃっているもんだから、必然的にそっちを選んでいるに過ぎないだけのお話。
しかしそんなことしていたら、そりゃ「経験人数」は永遠に増えないのよねぇ、というお話。

にも関わらず、そんな事情を知らない人間からは今日も私は「あいつ見た目派手な女のくせに、純情ぶっちゃって、絶対に人数をサバ読んでるでしょ」なんて思われているに違いない。

ちなみにご参考までに今日現在、私の髪色は水色に近いド派手な蛍光色のような青色で、この髪色で今日も保育園のお迎え行ってきたところ。ド派手母ちゃん、意外にも経験「人数は」少なめなのよベイビー。

とりあえず私はこの質問を受けた際には、「セクハラですよ」とやんわり逃げることもあれば、「まあ……両手では足りますが」みたいなぼやかしの言葉を並べることが多い。ポリティカリーコレクトなこの時代において、そもそもそんな質問をするなよって話は一旦置いておくよ。


そうですねぇ、事実、両手では、経験人数ならば充分に足りてしまいます。
でもそれぞれの相手との回数については────きっと答えてしまうとギョッとされちゃうから自分からはわざわざ述べはしないよ。

人生一度きりなのだし、より多くの人数とベッドでの逢瀬を楽しむのもひとつの手。

だけども、ひとりの人間とひたすらに向き合うのが好きな私は、お相手の好みに、望むようにゆっくり染まっていきたいわけで。そのほうが猛烈に楽しいわけで。

そして、そのほうが経験人数を稼いでゆくよりもよっぽどいやらしく、エロティックで大人っぽい話だと思うんですけども……あらら、どうして飲み会で下世話な質問を好むような人たちは、いつもいつも経験“人数”に特化して聞いてくるんでしょう。どうやらアナタたちってば、質問を間違えていらっしゃる。

質問にもっと変化球を加えながら聞いてくだされば、きっとお望み以上の引き出しをもって飲み会を盛り上げるのになと常々思っているのに。もっとエグいお話だってご用意がございますのに、下世話な人間ほどそういう機会損失をするから勿体無い。

まあでも、あの女は嘘を言っていると思われてもいいから、経験少なめで申告しておいたほうが色々と都合がいいので、そのまんま放置している側面があるのもまた正直ある。
この世の中、女はそう答えておいた方が“何かと”都合がよろしいもんだから。

きっとこの質問に最適解、最大公約数的な無難な答えを出すのなら……
「まあ片手で足ります」、「ぎりぎり両手で足ります」といったような、多過ぎず少な過ぎず、びっくりされない程度の人数をなおかつぼやかして答えるのがやっぱり結局一番いいんだろうけども、私みたいに派手な髪色をしていて声の大きい女は、これが真実の答えだとしてもあまり信じてもらえないことが多い。
「そんなはずないだろう」って言われるたびに、そんなはずがあるんだけどなあ、と心の中で悪態をつく。経験人数でしか相手の性的経験を計れないお前は、なんてナンセンスなんだ、とね。

そんなときは、「目の前にいるこの経験人数を聞いてくる人間は、この世の矛盾を詰め込んだような単語である“清楚系AV女優”なんて言葉も素直に信じてしまう、愚かな人間に違いない」とでも思ってやり過ごすのがいい。ばかだねえ、って思えるから。みんな、これおすすめだよ。

さて、相手の好みに、望むように染まっていくというのは、要するに相手に降伏していたいということ。

 
今まで何人もの男性とお付き合いをさせていただいて、ありがたいことに結婚も離婚も経験させていただいて、人生32年を費やして、ようやく気がついたことがある。私は見た目や性格から「自我の強い女」と思われがちなのだけども、実際はその逆で、お相手の望む方向に染まりに染まること、絶対的に降伏すること、従順に従うことがとても心地いいのだ。
そうであることに、快楽を覚えるし、嬉しくなってしまう。私がもしも犬ならば、きっと尻尾振って喜んでしまう。ばかな女だねえ。

私は性的なことに関してもこれまた実は好みが強くあるわけでもなく、毎度相手に染まりたいという欲求だけがそこにある。従順に、あなたの希望を叶えたい、叶え続けたい。
あなたが望むのならその通りでありたいし、それを上手でありたい。
そのために勉強し、実戦で反復練習を繰り返し、相手に希望を何度だって尋ねたい。そのために苦手意識のあることや、少々の抵抗のあることでもきっと、あなたのことが好きだから受け入れてしまう。

そうやって夜の生活に対して試行錯誤する覚悟を持ち、モチベーション高く挑もうとする私に対し、お相手はときに「本当に君はいやらしいね、淫乱だね」みたいなことをエロ単語覚えたての中二でもないのに興奮しながら言ってきたりするわけだけども、おいおいバカ言え、そこで君が答えるべきは真逆の答えだってことにどうして気がつかないんだよ。

そこまでひとりの男に従順な女こそ、なんとも純潔でまっすぐだと思わないか。

私こそが純粋で清楚、ひたむきでピュアガール、こんな女は滅多にいない。もはや東京ではきっと絶滅危惧種。私こそが救世主。

ひとりずつにその時々で向き合い、ときに重いくらい、いや重すぎるくらいの気持ちで向き合いたい。経験人数より、経験回数。経験回数の数字をどんどんと重ねましょう、そしてどうか私の奥底にある性的な覚悟を引き出してほしい。

こんなまっすぐで狂気じみた女にこそ、ほらほら、純潔という言葉がふさわしいはず、でしょう?

なのに今日も巷では、飲み会で恥ずかしそうに「経験人数は2、3人かな……」だなんて悪びれもせず、恥ずかしそうに答える女に対して“え〜、ピュアだね!”だなんて言葉が使われるのにどうも虫唾が走る。女たちよ、堂々と嘘をつくときぐらい、ちょっとは悪びれてくれよ。

本当に経験人数が少ない女はね、そもそもそんな下世話な飲み会に簡単に参加しないし、それが本当なら少ないことがどうにもこうにも恥ずかしくて、聞かれてもすぐさまそう簡単には答えられないんだよ。
経験人数が少なめの女だから、それが嘘だって私にはわかるんだよ……わかるんだよ!
学生時代に非モテであることに切羽詰まった人間じゃないと、この気持ち、わっかんないんだろうけどさあ。

経験人数の逆サバ読み女に愚かな男たちが見事に騙されるのは結構だけども、私みたいな一見ド派手な髪色の真のピュアガールが、今日も東京の片隅でシングルマザーしながら必死に生きていることをどうか忘れないでいてほしい。ああ、私ってばなんていじらしいの。狂気じみているレベルでまっすぐなの?

経験人数少なめ、しかしどうやら回数は多め。相手に染まりに染まってついていきます、どこまでも。

そんなどこか狂っている私みたいな女を選んだほうが、きっと運命の相手を探し続けている途中のあなたもまた幸せに生きられると思うんだけど、な。
絶対にアダルトビデオで見るような薄っぺらい設定や世界線よりも、もっと濃厚で妖艶で日常生活に紐づいた面白い夜を過ごせると思うんだけどな。
ああ今日もどうせ逆サバ読み女のほうが婚活市場でもTinderでも、よりモテてしまうんだろうな。

 
離婚した今こそ、私は己の婚活市場での価値をぐいぐいとあげていきたいよ、けれども子供を産んでいるから処女のふりはできないし、経験人数多めのふりもバレちゃうのだろうし、しっかりマーケティングをしてどの市場で自分が売り込めるかをもっと考えなくちゃいけなさそう。
この狂気をもっとこう、いい感じに変換して、誰か売り込んでくれるならマージンぐらい払います。あ、成功報酬で。


そのためにこそ、ハイ、ここで挙手。
それでは自己紹介をしておきます。

改めまして、雨宮美奈子、32歳。丸顔で若かりし頃のテレサ・テンに似ています、身長は166センチで高め、夜の生活へのモチベーションも高めです。
お金は平均よりもそこそこ稼ぎます、何よりプライベートでは従順です。得意料理はエビチリ、運転免許保有、絶世の美女ではありませんが愛嬌は最強です。道端でよく知らない人と会話しがちです。
……さて、これで誰かから声がかかるんでしょうか、いや、なかなかハードルは高そう。というか今になって気がついちゃったんだけど、インターネットにこんな文章書き残してる時点で、多くの男はそんな女選びたくないんじゃないか。

モテたいくせに、インターネットにこんな文章書く時点で私ってばおしまい、だ。

やれやれ、世界は今日も不条理だ。

村上春樹の作品に出てくる登場人物並みに、私は今日もため息をつきたくなってしまう。
私みたいな女がいつか、報われますように、もっとモテますように。この文章を読んでも、面白いねと笑ってくれる顔のいい男にいつか出会って、デロンデロンに甘やかされて、深く愛されますように。

あと、こんな赤裸々な文章を、私の親がうっかり読んでしまうことがありませんように。神様にそう、今日も祈っておこう。

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この記事を書いた人
雨宮 美奈子

作家、シンガポール出身・東京在住。
若い頃は自意識と闘い、今は可愛い我が子と格闘する日々。
メンヘラを抜け出して、いろいろ達観した32ちゃい。
離婚を経てパワーアップしてしまった独身のため、結婚相手募集中。

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